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帰庵堂は岡山県画廊、美術商、骨董商、絵画商、備前焼の新時代の作品提供のショップです。

電話でのお問い合わせはTEL.0868-75-1385

〒709-4255 岡山県美作市国貞579-1

岡山県骨董商・岡山県古美術商の憧れ古市金蛾ー帰庵堂

岡山県美作市の帰庵堂が岡山県骨董商、岡山県古美術商の間で古書画、骨董・古美術と言えば古市金蛾であると申し上げても良いかもしれません。二代目帰庵堂の主の時代に骨董市で古市金蛾の掛け軸が出ると、「金蛾が出たぞ!!」と大きな声で驚きと共に喜びの声が出たと言います。古市金蛾は文化12年、江戸時代ですね。児島郡尾原村(倉敷市)に生まれました。17、18歳の時京都に赴き絵画の研鑽に励み天保時代に郷土に帰り絵画の指導に当たりました画風は四條派の画風ですが40歳前後から南画を取りいれ画風を一変させました。したがって若作は四條派、中期以降は南画の画風となったのです。古市金蛾は岡山県骨董商、岡山県古美術商の憧れのまとの画家の一人です。皆さん、岡山県の画家古市金蛾の作品をぜひお手元に如何ですか?古市金蛾を初め、様々な歴史ある美術は中国を始め世界各国でニューアートとして際認識されても不思議ではない作品だと帰庵堂は考えます。

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岡山県の絵画は岡山県の美術を紹介し、歴史的に優れた岡山県の画家を紹介している書籍です。洋画家政宗徳三郎が日本画を描いた事実も紹介しています。
 
古美術鑑賞のポイントですが、専門的に「洗い」「打ち直し」という言葉があります。
掛け軸などの絵画は当然古くなります。その時に「しみ」などが発生します。そこで「洗い」をかけ「打ち直し」を行うのです。美術商は洗いや打ち直しを業者に依頼するルートが存在します。大切な掛軸を新しくしたいというご要望の方は帰庵堂がルートを辿って「洗い」や「打ち直し」を行わさせて頂きたいと存じます。

 古市金蛾、石井金陵には合わせ箱がございます。打ち直しなどをかけており、作品ごとにお問い合わせ下さいませ。

岡山県の骨董商、古美術商の憧れの古市金蛾の作品です。
古市金蛾の作品ではあるのです。素晴らしい鶴の絵画なのですが、帰庵堂は口惜しくてなりません。長年の保存状態のせいでしょうか。古美術の宿命でしょうか。作品にしみが見受けられます。古美術ならば当然しみはあるし、破れや破損は仕方が無いのですが・・・
この古市金蛾の作品は素晴らしい鶴の図が勿体無く感じます。しかし時代作品と言うものは考え様によっては、しみや破損があるから自然なのだと感じます。岡山県を代表する古市金蛾とは素晴らしい作家であり、素晴らしい作品を残した優れた作家だと帰庵堂は思います。お気に召しましたらお気軽にご相談ください。
古市金蛾は岡山県長船に古市金蛾の研究を長年に渡り行ってきた方が存在されました。昭和時代の事です。美術名典では四条派とされていますが、晩年になり南画の境地を打ち立てられました。明治13年に没年を迎えられ、76年に渡る人生を芸術の研鑽に費やされた方です。
様々な旅を通して落款や印がありますが、晩年の南画の時代の酒脱な作品をご案内・ご提供させて頂きたく存じます。
石井金陵・・・岡山県古美術、岡山県骨董商の間で有名な石井金陵の掛け軸です。
この掛軸は長年の経過のせいで若干のしみがあります。石井金陵は古市金蛾の弟子です。
しかし美術書などでは石井金陵が評価が高くなっています。石井金陵は天保13年、岡山市西大寺に生まれました。全国を遊歴し画家としての腕を磨き、日本有数の南画家になりました。明治36年に大阪府に移り天王寺北山町に桃谷山荘と言う絵画の画房を構えました。大阪南画団の三長老と称されるほど名声は高まり、大阪府で活躍された素晴らしい南画家とされて居ます。晩年は兵庫県神戸市須磨の屋敷に住み昭和3年11月19日に死亡。85歳でした。石井金陵の作品も岡山県古美術、岡山県骨董商の間では素晴らしい作品として評価を得ており、骨董市が岡山県では無くなり、中々入手しづらい作家の作品となっています。石井金陵の作品をお手元に如何でしょうか?
古市金蛾は岡本豊彦に師事し、様々な経験を積み出雲時代を経て南画の研鑽に励みました。佐藤季雄編集の古市金蛾は昭和58年に古市金蛾は終生京都に居たならば岡本豊彦を凌ぐ日本一の画家であり、画聖であると評価し落款集を制作するなど、生涯古市金蛾を研究された方であり岡山県早島町で文化財保護委員長を経験された方です。
小野雲鵬・・・小野雲鵬は初号を湘雲と言い、岡山県浅口郡船穂の人で上洛して岸駒に絵画を学んだ。後お抱絵師として活躍。安静三年八月61歳にて没。
久保田米僊・・・久保田米僊は明治時代の画家でこの屏風は久保田米僊の屏風です。久保田米僊は京都生まれでフランス留学の経験も存在し、明治時代を代表する画家のひとりです。この屏風の素晴らしさは「遠近」の出かたの素晴らしさが挙げられます。そして自由奔放に書いているところが非常に素晴らしい。文人画の流れを汲む絵画だと帰庵堂は思います。 

古裂会屏風祭りカタログによるオークションは屏風や朝鮮美術、中国美術などを中心とした。オークションカタログです。
古裂会のオークションカタログは帰庵堂(作東バレンタイン美術館)へカタログを配送されたカタログです。春画、屏風、中国美術など様々な美術品が掲載されています。
書道アート・・・この作品は作者不詳です。
沐風と名前があり、落款もあります。昭和時代に左右同時書と言うアートが存在しました。左右同時書とは、右手と左手で同時に筆で字を書く芸術です。
現在、左右同時書をあまり見受けません。この屏風は、捲くりの状態で存在した左右同時書を帰庵堂第三代の主が自分で屏風に貼り付けた物です。藤原一臣様から購入させていただきました。
守時大融は岡山県出身の墨象形作家です。
大正9年に岡山県に生まれた守時大融は、美術年鑑、美術名典を始め、美術クラブ発行の美術作家年鑑にも掲載される全国でトップクラスの書道の作家として活躍しました。守時大融は海外に書道作品を出品する等、陶芸の世界も追求し、個展を70回に渡り開催する等、全国的に著名な書道作家となりました。東京都の練馬にアトリエを構え、書道の世界の追求に人生を捧げた書道家として有名です。
二代目帰庵堂店主宮尾氏より作者不詳として私が購入させていただいた浮世絵の作品です。作者名が記載されてありますが、帰庵堂店主道廣義博は作者不詳の浮世絵として皆様にご紹介させていただきご希望の方に販売させていただきたく存じます。作者不詳作品とご理解いただきますようお願い申し上げます。
   帰庵堂の鑑定ですと喜多川歌麿の作品例が名画に見る世界の裸婦に掲載されており、歌麿か別人が後に真作にサインを加えた作品の可能性があるかと思います。原版は喜多川歌麿だと存じます。絵の具は植物の花や木の皮から採取した絵の具を使用し、藍はホタル草の花から採取し紅は紅花から採取し黄色はクチナシの花やズミの皮を煎じて作ったと言われる。
 浮世絵が出来るまで・・・・
浮世絵が出来るまでは「版下」が絵師からまず写生帳から版画にする原寸の大きさに下図を書く彫師は版元から版下絵を絵師から預かり「筆の癖や筆の勢いを熟知している専門の彫師に刷らせる絵の具を用いて浮世絵を制作するわけです。次に摺りに取り掛かるわけです。浮世絵の鑑定と偽物は浮世絵の構図を版画下にした作品に加工を加える。これが浮世絵の偽物です。複製版画は偽物ではないのです。コレクターが収集するうえで高価な浮世絵を購入することが困難な場合が愛好家に発生し、一般の愛好家の手に入らない状態になる従って樋口五葉、渡辺木版画、社会好古堂、足立木版画、高見澤木版社の例がありコレクターはそれらの作品を収集すると言う状況があるのです。浮世絵の価値観は真贋と共に刷数によって決まると言ってもいいかも知れません。菊池貞夫さんの本は丁寧に浮世絵の素晴らしさを解説されています。東洲斎写楽は役者の似顔絵を高い芸術にまで引き上げた浮世絵師で寛政6年(1794年)5月に奇妙な役者似顔絵を発表し140種類ほどの作品を発表するに至った。その生涯や経歴については色々と解かれているが定説はない。
写楽の商標登録として登録第48457143号で第45類で占い、身の上相談として岡山県英田郡作東町国貞579-1番地道広義博に特許庁長官小川洋から登録の認可が下りています。浮世絵で美人画と言えば「大首」と言われる女性が多く、名前は「おせん」だと言う事になっているのですが、私の知識ですと「写楽」は「しのぶ」と言う女性を描き、松本米三郎の化粧坂の「少将実はしのぶ」の姉妹作ではないかと言う見解です。

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