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帰庵堂は岡山県画廊、美術商、骨董商、絵画商、備前焼の新時代の作品提供のショップです。

電話でのお問い合わせはTEL.0868-75-1385

〒709-4255 岡山県美作市国貞579-1

コンセプトconcept

コンセプト

帰庵堂は現代、美術業界は流通が停滞しており、美術における美術品の価値観も千変万化し、オークション、骨董市における価格も多様を極めており、商品を販売する側と購入する側の信頼関係の構築を目指し、美術品の相場の安定を考え、潤沢な美術品の流通を考え美術品を提供させていただきます。岡山県の備前焼、古備前はもとより、岡山県の焼物作家、現代作家をはじめポップアートの世界に至るまで現代アートの提供とはどの様になされるべきか誠実に対応させていただきたいと考え販売させていただきます。なお、水晶原石、アメジストドームなどの鉱物資源も美術としての価値観を提案し紹介販売させていただきます。また岡山県現代アートの画廊、ギャラリーとしても最新の美術品の提供を行う画廊であり、ギャラリーである事を目指しています。

美術品の作品は本物保障とすべきですが、真贋未詳作品も混在する場合があり、しかしながら、中央の大手オークションでも真贋未詳の作品の売買が非常な高値で取引されており、真贋未詳作品かどうかは可能な限りご質問に対応させていただきます。なお、帰庵堂が本物保障としながらも法廷鑑定人による鑑定により贋物と鑑定された場合、帰庵堂の販売より1ヶ月以内に全金額を返金させていただきます。
ただし次の条件による物といたします。

1,真贋保障作品が法廷鑑定人により偽物と鑑定された場合、
鑑定書添付の上で帰庵堂が作品を提供した状態そのままで作品が返却される事。

2,法廷鑑定人による鑑定代金は一切請求対象とならない。

3,一般の鑑定人による鑑定、個人的見解の相違は帰庵堂は保証の限りではない。

4,美術品を販売した価格以外の二次的保障、心の苦痛、第三者への提供などの保障は対象外とする。

5,係争裁判所は津山簡易裁判所、岡山地方裁判所とする。

6,難しい事を書きましたが、一般的に真贋は未詳作品が大手のオークションで大量に取引されております。
美術品が好きかどうかが大切だと帰庵堂は考えます。

7,ご来店の上で合意の上での売買の場合、美術品の返品は不慮の事故等の事象等による返品は当方に重大な過失がない限り認めないものとします。

8,画像商法は一切行っておりません。他人様の画像を取り入れてビジネスを行うことは一切行っておりませんのでご安心ください。(販売済みのものは掲載を基本的に致しませんが、掲載以外の水晶や掲載していない商品は外しようが御座いません。)

9,帰庵堂掲載の商品で、販売済み、売却済みの商品に関しましては、販売済みと掲載するように勤めます。

10,帰庵堂はギフトショップカタログ販売の美術品、工芸品を一切取り扱わないものとします。
(同業者様の美術品は除く同業者から購入させていただいた美術品で価格設定がされてある美術品は新たに帰庵堂が価格を再設定、改変して帰庵堂収蔵書を発行させて頂く場合があります。)

11,帰庵堂はギフトショップ販売の美術品で作家、芸術家が贋作であると申し出た美術品に関し購入を致しません。

12,帰庵堂は販売した美術品の「買い替え」を行う場合がある。この場合、販売者と購入者の当事者の間で買い替えは行われる。しかし任意の物であり強制ではない事を盛り込みます。

13,帰庵堂は帰庵堂の領収書及びバレンタイン美術館の収蔵書を発行する。領収書及び収蔵書の照合には誠実かつ速やかに誠意を持ち対応させていただきます。

14,美術品の配送についてですが、美術品を全国発送させて頂きます。ただし、美術品はノークレームノーリターンを原則とし、個人的な主観などに基づく返品、見た目と違うという感覚的な誤差による返品、保証、返金は一切対応を致しません。配送経路に基づく劣化も同様です。お客様のお申し出により行わさせて頂く「善意の発送」は全て送料負担はお客様が行って頂くこととなります。

15,東京美術倶楽部の本物の保証書には価格が記載されてあるものが本物だという認識であり、価格帯が白紙の物は販売取引を除外する。東京美術倶楽部鑑定委員会は所在地が東京港区新橋6-19-15にあり他の東京美術倶楽部は除外する。

16,ワシントン条約の剥製などは取引が禁止されているわけではない。海外ルートへの輸出入が禁止されているわけで帰庵堂はワシントン条約を遵守し、国内での販売を誠実に行う事といたします。

17,個人所有の美術品であるためバレンタイン美術館サイトアドレス(http://www1.ocn.ne.jp/~m777/)の所有権はすべて帰庵堂に存在し、中国美術、古書画、浮世絵、仏教美術、焼物の販売は帰庵堂が一括して行うものとします。同アドレスに存在していた美術品、骨董品、仏像の販売は帰庵堂が行うものとさせていただきます。
また、バレンタイン美術館サイトの運営権のすべては帰庵堂に所属し、
バレンタイン美術館サイトアドレス番号(http://www1.ocn.ne.jp/~m777/)の存続、終了は帰庵堂がすべての権限のもと行わさせていただきます。備前焼を鑑定家や鑑定士、研究家の方々が書籍で生活雑器と表現し自分もその様に思う。これは如何なものでしょうか?生活雑器はガレやドームも基本的には同じではないでしょうか?
生活雑器の価値観とは鑑賞する側の視点に存在するように思います。

18,帰庵堂コンセプトとは何でしょうか?皆さん、良い洋服が有ったとしましょう。私の妻の道広美晴はいつも服がないと私に主張するのです。服はあります。妻は服を探さないのです。そして私が洋服がある事を主張すると、いい服は着たら汚れるから勿体無い。と発言したのです。勿体無いのは服を着ないことです。美術品も骨董品もそうではないでしょうか?私は時間がない事を理由に美術品を鑑賞しない。これではいけません。美術商の鑑賞程心に安らぎをもたらす物はない様に思います。恋人、妻、主人と喧嘩しても美術品は愛をくれるのでは無いでしょうか?
 青備前火襷(あおびぜんひだすき)
備前焼作家安東利喜先生の最高傑作と申し上げても過言ではない青備前抹茶碗火襷だと思います。安東先生に後日、お邪魔する機会があり、「同一の作品を探しているのです。」と申し上げたところ、「備前焼は一品一品が作品です。」とお話になりました。皆さん、青色だから青備前だと思うのですがどう思われますか?青くない青備前は私は違和感を感じます。初代の作品と思われます。箱も存在します。
高圧白備前「こうあつしろびぜん」
備前焼作家川上未来先生の高圧白備前火襷(ひだすき)の花瓶です。川上未来先生の作品はピンク色の割り木の炎の圧力が魅力です。帰庵堂は一つ一つの作品が芸術作品だと感じています。


松田華山・・・松田崋山先生は経歴が日本工芸正会員で支部常任幹部審査員。
陶友会理事です。伝統工芸師としても有名で岡山県展審査員などを経験されています。
3代にわたって備前焼作家の家系です。昭和11年生まれの昭和作家です。
この作品は松田崋山先生の青備前徳利です。松田崋山先生独特の作品の味わいや青備前本来の特徴が現れていると思いますがいかがでしょうか?「華」と言う陶印は第二代松田華山で「華山」と言う陶印も2代目松田華山の陶印です。
初期伊万里は古伊万里より歴史が古い伊万里焼です。初期伊万里焼は主に白色ですが美術名典などの美術書では古伊万里の成立において、古伊万里がコバルト酸化鉄を主にした青色、ブルーであることを上げています。初期伊万里とは江戸時代初期が主流であり、江戸時代以前の製作例の白褐色、白磁系統は希であると言う帰庵堂の認識です。また、古伊万里の鑑定方法は音を叩いて鑑定する方法が皿の一般的な鑑定方法ですが、マニアの方々になると伊万里焼を骨董店、古美術店で一見しただけで「古伊万里」と判断できると言う考え方が岡山県骨董商、美術商の帰庵堂の考え方でございます。


贈答品として昭和時代から平成時代に至るまで日本画や油絵、油彩、高岡香炉などが保証書付きで美術商により販売されてまいりました。帰庵堂は知人の美術商より保証書付きの美術品を購入させていただきました。その他の置物類、漆塗りもございます。お気軽に帰庵堂にお申し付け下さいませ。
中国美術と美術の価値観・・・中国美術は価値観を考えさせてくれる美術のジャンルかも知れません。皆さん、ブランドという言葉が昭和時代に流行しました。デパートで購入したものは素晴らしいという考えです。問題は納得して購入したはずの美術品が処分品に変わったとき、リサイクルショップ行きという悪循環が発生し、美術の価値観の問題が発生したように思います。帰庵堂は自分が販売した美術品や購入されたお客様を販売後も丁寧に対応させて頂きたいと思います。上記の三点の中国美術は「宝石画」といいます。日本で作られた宝石画ではないように帰庵堂は思います。
 昭和時代から平成初期に岡山県のコンベックス岡山で骨董市が開かれたものです。コンベックス岡山は大会場と小会場の二つに分かれて催し物が開催されました。大会場では業者が集まり、店舗を構え様々な美術品や骨董品を販売していました。帰庵堂店主道広義博は絵画を購入しようと思いましたが、開催時刻に店舗が開いておらず会場を散策していると民族楽器がありました。民族楽器の店舗の夫婦と話をしていると不思議なことに民族楽器を購入してしまったのです。
民族楽器の素材は日本ではない素材で制作されており、中国または東南アジアで制作された民族楽器だと思います。また、コンベックス岡山の美術品、骨董品の購入方法、輸送方法とは「赤帽」による配達でした。
藤原一臣さんは、六体地蔵尊を非常に大切にされていました。
一臣さんが岡山市に引っ越される時に一臣さんよりお地蔵様を譲り受けました。
大切にお祀りさせていただいております。

帰庵堂の鑑定では制作年代が清の時代の青磁です。日本では幕末から明治時代にかけての焼き物だと思います。

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